【いき湯がっぱ海の駅公式サイト】壱岐・勝本町湯本きばろう会

湯がっぱについて

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湯がっぱについて

 ここでは、海の駅”湯がっぱ”の素になった、古くから湯本地区に伝わる、かっぱの証文石についての伝説をご紹介させていただきます。
かっぱの証文石とかっぱの石像

河童の証文石

時は幕末の安政年間(一八五四年~一八六〇年)の頃
ここ湯本の町の中ほどに、蛭子神社という社があり、その横に篠崎某と云う男が住んで居た。
ある夜、湯本新田を帰って居ると、新田の中ほどで河童が三匹現れて¬おじさん角力を取ろう。角力を取ろう」と云うて道を通さない。
河童たちは、村の食物を食い荒らし人々は、ほとほと困り果てて居たので、篠崎さんは河童を懲らしめてやろうと思い、角力を取ることにした。
篠崎さんは、かねて〃河童の頭の皿には水が溜まって居て、その水が無くなると力が出なくなる〃と云われる話を思い出した。
そして動物はよく人真似をすることも思い出したので、まず自分が頭を下げてお辞儀をした。
すると河童も真似をしてお辞儀をしたので河童の頭の水は溢れて、皿に水が無くなってしまった。
力が出ない河童は、弱くなり、ひとたまりもなく篠崎さんに角力で負けた。
篠崎さんは、河童が悪さを出来ないように、河童の片腕をもぎ取って帰った。
篠崎さんが家に帰って寝ていると、家の周りにたくさんの河童が集まり¬腕を返してくれ。」と云って、ピーピーガヤガヤうるさくて寝られない。
そこで篠崎さんは、一策を案じ¬今後湯本湾で人に悪いことをやらないならば腕は返そう。それが本当であれば、この石に証文を書け。」と云うて庭にある石に証文を書かせて腕を返した。
それ以来ここ湯本湾で水難が無いと云われている。
今でも、ここ湯本の伏見稲荷神社の境内に、証文石として残っている。
高さ一米ばかりの水成岩の面に、爪痕であろう縦線が沢山ある。

いき湯がっぱ海の駅へのお問い合わせは TEL 0920-43-0755 営業時間:9:30~17:30(水・木曜日定休日)

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